紅い華















朝、菊丸先輩から電話があった。部活以外で全然関わりのない先輩が、俺に何の用だろう。

『やっほー海堂、元気ー!?菊丸だよーん!』
「…おはようございます」

久しぶりの菊丸先輩は、相変わらず明るかった。…朝っぱらからよくこんなデカイ声が出せるな。

『なんだよ海堂、暗いぞー!?明日はイブなんだからさ、テンション上げてこ!』
「はぁ…」

明日がクリスマスイブだってことぐらいは、知ってた。母親は楽しそうにツリーを飾ってたし、弟は親父にプレゼントをねだってた。あさっては七面鳥を焼くらしい。

でも俺にはあまり関係ない行事だ。多分いつも通り早起きして、トレーニングをして、あとは家で過ごすんだろう。出かける気はあまりない。

『でさ、みんなイブだってのにヒマだから、集まって騒ごーってことになったんだけど、海堂も来ない?3時に駅に集まって、そっからカラオケとか行くんだけど』

みんな、っていうのは、今年の夏までレギュラーだった人達だろう。不二先輩とか手塚部長とか。じゃなきゃ俺が呼ばれるわけがない。…先輩達と一緒に騒ぐのは、少し苦手だ。

「…悪いけど、俺行けません」
『えーっ、何で!?久しぶりなんだからさぁ〜!!』
「すんません、勘弁して下さい」

菊丸先輩はまだ俺を誘おうとしていたが、一通り文句を言うと諦めたのか電話を切ってくれた。










菊丸先輩の電話があった30分後、今度は乾先輩から電話があった。

『やぁ、海堂』
「おはようございます」

いつもと変わらない、低くて抑揚をあまりつけない声。受話器を通すと少し硬質になるのが、いつもと違って珍しい。

『海堂、明日ヒマある?』
「…ヒマ、ですけど。」菊丸先輩の誘いがあったばかりだから、ちょっと警戒して答えた。
『ちょっと朝から俺に付き合ってくれないかな、と思って』
「丸一日かかるんスか」
『そういうわけじゃない。海堂がイヤなら、来なくてもいいし』

…この人のこういうところが嫌だ。俺はこういう言い方をされると途端に断れなくなる。挑戦されてる気がする。別に、そんな意図はないんだろうけど。

自覚してるのにどうにもならないのは、イライラする。

「…いいっスよ、別に」
『それはよかった。じゃあ、10時に迎えに行くから』
「別に来なくても」
『いいから。それじゃあ、また明日』

終始乾先輩のペースで、通話は終わった。そういえば、行き先も教えてもらってない。










その後はいつも通り一日が過ぎ、24日になった。俺はいつも通り朝の6時には起きて、自主トレを始めた。雪なんか降ってないから、道路は乾いていて走りやすい。

家に帰ってシャワーを浴び、私服に着替えるともう9時半を回っていた。一応財布の中身を確認して、携帯を持って上着を着た。そうして少し経つと、玄関のインターホンが鳴る。

「おはよう、海堂」
「…ども」
「じゃ、行こうか」

俺の家は住宅街の中にあって、普段は人通りが少ないが、今日はやっぱり車も人もたくさんいた。家族連れが多くて、みんな大通りに向っている。

乾先輩はその流れに逆らうように住宅街を進んだ。俺はそれについていく。周りが少し騒々しいのに、乾先輩と俺は何も話さなかった。別に沈黙は苦しくないから、それで構わない。

やがて見慣れた公園に着いた。いつも自主トレをしている公園だ。乾先輩は公園に入り、ベンチに座った。

「…着いたんスか」
「ああ。…寒い?」
「いや、平気っス」

乾先輩が隣をぽんぽん、と叩いたので、俺は叩いた場所より少し離れて座った。

先輩はしばらく何も言わなかった。俺も話すことがないから特に喋ろうとしなかった。今日はいつもより気温が低く、座ったままの体は少しずつ冷えてきた。

「…寒いな」
乾先輩が鼻をかんだ。寒いならこんなとこで座ってなきゃいいのに、先輩は動こうとしない。俺は黙って先輩の方を見た。

「なぁ、海堂」
「何スか」
「俺、昨日菊丸に誘われてさ。つい行くって答えたんだよね」
「…そうスか」

やっぱり、とどこかで思った。この人と菊丸先輩は、結構仲いいからな。

「でも、電話切った後、それを後悔したんだ」
「……何で」

乾先輩は俺の方を向いた。寒いのか、鼻の頭と頬が赤い。俺が先を促すと、先輩は困ったように目線を泳がせた。それから、しばらく沈黙する。

「…言わなきゃ、ダメ?」
「…言いたくないなら、別にいいっス」

先輩は下を向いた。言おうとしたことを言わないなんて、この人にしては珍しい。いつもは俺が黙ってても喋ってるのに。

言いかけたことを言ってくれないのは、イライラする。俺に言いたいことがあったから話しかけたんじゃねぇのかよ。

そう思って少し睨むようにして見てたら、先輩は急に勢いよく立ち上がった。そのまま背中を俺に向けて、話し始めた。

「カラオケ行ったら、海堂に会えないなって思った」










「は?」

このときの俺は、多分すごく間の抜けた顔をしてたと思う。先輩の言ってる意味がわからなかった。言葉通りなんだろうけど、それがどうして「後悔した」になるのか。

先輩は振り向いた。眉を下げて、困ったような顔をして笑っている。

「やっぱり、言わない方が良かった?」

そんなこと、わかるわけねぇだろう。それより、どうしてアンタは俺に会えないなんて考えたんだ。そんなこと別に大したことじゃねぇだろう。それより、そんな理由で約束すっぽかしたら、菊丸先輩がうるさいんじゃないか。

乾先輩は帰ろう、と言った。そのまま俺を待とうとせず、スタスタ歩いていく。俺はベンチから立ち上がって、わざとゆっくり後を追った。走って追いかけるのが、何故か癪に障る。

先輩も俺も、来たときと同じように黙ったままだった。ただ、俺の位置からは先輩の顔は全然見えないから、何を考えてるかさっぱりわからない。…顔が見えるからわかるというものでもないけど。

先輩の背中を睨んで、俺はさっき言われたことを反芻していた。口を動かさないから、こんな事ばかり考えてしまう。

俺に会えない。だから、…だから、イヤだ、って言いたいのか?

「……先輩」
「ん?」

先輩は立ち止まって俺を振り返った。俺は数歩後ろで声を張り上げる。

「やっぱり、カラオケ行った方がいいっスよ」
「…そうか」
「…俺も、行きます、から」

早口で言って、俺は乾先輩を追い越した。先輩が固まってる隙に、家に帰ってしまいたかった。先輩は慌てて追いかけてくるが、俺は構わず急いだ。

何でこんな事言ったんだ。先輩達と騒ぐなんて、性に合わねぇからイヤだって思ってたのに。顔が熱くなる。なんでだ。

「海堂!3時に駅前だからな!」
「わかってる!」

…自覚がないのはイライラする。













乾の告白は3回くらいあると思ってます。正面から「好き」って言うのは
テレ臭いので、つい遠回しに言っちゃう。海堂も微妙に気付くんだけど、
恥ずかしくてシカトぶっこく。
でも3回目にいくまえに、じれったくなった海堂がズバッと言いそうだな…。
海堂=男前乙女ですので。







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