Give Me Sweets














3年生の教室は校舎の最上階にある。

俺の所属する3年11組は、その中のさらにはじっこにある。だから、他の3年の教室よりも、特別教室棟に通じる廊下が近い。

休み時間なんかは教室移動する足音が聞こえたりして、なかなかうるさい。しょうがないことだけど。

今日も、そういうクラスがあったらしく、廊下は騒がしかった。教室が変わる授業って、何となく浮かれて、必要以上にでかい声で喋ったりするんだよなぁ。パソコン使う授業だと、特にそんな傾向が強い気がする。

今廊下を通ってるクラスもそうなのか、楽しそうに騒いでる。いいなぁ。俺達は次、数学だっていうのに。

休み時間が終わって、とりあえず校舎全体が静かになった。俺のクラスにも数学の先生が来て、慌ただしく授業が始まる。嫌いな人が多い教科だから、みんなイマイチ動作がのろい。

それにこれが終われば放課後だ。遊びの予定なりなんなりで、みんな数学どころじゃない。俺も、頭はほぼ部活のことでいっぱいだ。

早く終わんないかな。










授業が最高につまんなくなってきた。寝てる奴も多い。俺もまぶたが落ちそうだが、数学の先生は部活の顧問だ。寝たらどんなしごきを受けるかわからない。

そんな風に、一人睡魔と戦っていると、鼻がかすかな匂いをとらえた。甘くていい匂いだ。

寝てたやつらも気づいたらしく、起きあがってキョロキョロしてる。時間が経つにつれて、匂いはどんどん強くなっていった。

ああ、わかった。カスタードとカラメルソースだ。あったかい蒸し器で蒸し上げられ、たくさん湯気を立てて甘い匂いを充満させてる。さっきのクラスは調理実習室に行ってたのか。

この分じゃ、今ごろは試食してる班がほとんどだろうな。いいなぁ。俺達には匂いしか流れてこない。

「おや、いい匂いがするねぇ」

先生の言葉に、教室中が頷いた。これを機に、授業が一気にダレる。先生までやる気をそがれてるんだから、甘いモノっていうのはすごい。食べれば疲労回復し、匂いだけだと集中力が切れる。

ちょっとのんびりしたまま授業は終わり、また校舎全体がうるさくなった。先生が職員室に帰る足音、自分の教室に戻るあのクラスの話し声が、忙しく横を往来する。

甘い匂いはあっという間にかき消されて、俺は少し物足りない気分になった。










SHRが終わり、教室を出て真っ直ぐ部室に向った。3年11組は校舎最上階の最奥、階段から一番遠いところにある。急がないと、手塚にグラウンドを走らされることも十分あり得る。

だから俺は少し急いでいた。校舎を出て部室棟がある辺りまで行くのに何人も知り合いに会ったが、話してる余裕もない。

…はずなんだが。

「よ、海堂」
「ッス」

テニスバッグ背負った後輩を見つけると、つい声をかけてしまった。海堂も、俺に気づいて少し驚いたような顔をしている。

「この前渡したビデオ、見たか?」
「はい。…明日持って来ます」
「別に急がなくてもいいよ。俺はもう何回も見たし」
「…どうも」

海堂はあまり喋る方じゃない。俺だって、喋ることが思いつかなければ口は開かない。今だって、声をかけたのはいいけど、これくらいしか喋ることがない。部室まではまだ2分くらいかかる。

海堂も俺も、一言も喋らない。海堂は居心地悪そうにそわそわしてる。でも、行く先が一緒なのに「じゃあ」なんて言ってしまうのは、かなり失礼だ。

でもこのまま沈黙して歩くのも、少し気が重い。どうしようか。

そんなことをぐるぐる考えて廊下を進み、昇降口まで来た。海堂と俺の下足棚はかなり離れているから、ここで別れて、そのまま部室に行くことになりそうだ。海堂は、わざわざ靴を履き替えるのを待ったりしない。

海堂が自分のクラスの下足棚に行こうとしたとき、少し強めの風が吹いた。海堂は目にゴミが入りそうになったのか、手を掲げて顔の前にかざしている。

髪が揺れていた。そこから流れ込む、甘い匂い。

プリンを作ってたのは、海堂のクラスだったのか。










ほとんど無意識だった。首を屈めて、顔を海堂の側に近づける。その気配に、海堂が少し振り向いた。

プリンの匂いを追って鼻を近づけた先に、海堂の耳がある。その向こう側に少し見える目が、俺をきつく睨んでいた。

でかい目だな。

「…何やってんスか、アンタ」
「…ごめん」

低い声。俺は潔く顔を離し、そのまま自分の下足棚に向った。後ろで乱暴に靴箱を開ける音が聞こえる。

それが聞こえると、俺は少し笑った。鼻にはまだ、プリンの匂いが残ってる。















「甘党の乾」ってものすごくキモくていいなぁと思ったんで。
ところで、スミレは3年生の数学担当で合ってます、よ、ね…!?





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