match















試合はまだ続いていた。青学はこれを落とすと負けだから、皆必死で応援している。竜崎先生も厳しい目をしている。

立海大の方は、応援団なんかも来ていて応援自体はうるさいくらいだが、こっちほど必死じゃない。勝って当然、という空気がありありと見える。見学に来た他の学校も、ほとんどは立海の勝ちだろうと思っている。

コートから、僅かにフェンスを挟んだだけの場所。だけどそれは決して超えることは出来ない。今はコートに二人しか立てない。

だから俺達は、ここでこうして見ているだけだ。

乾先輩はこの試合に何かとてつもないこだわりを持っている。あの相手との試合だからこそ、この試合に全力をかけているのがわかる。

先輩と立海の選手に何があったかは知らない。それは俺が簡単に知っていていいものではないんだろう。だから俺も、あのノートのことも先輩の部屋の写真のことも、俺は一度も聞いたことはないし、教えて貰ったこともない。

教えて貰わなくてもわかる。これが、先輩の中で大きな意味を持つ目標の一つだということが。

俺は、ここでこうして見ているだけだ、










俺のすぐ前にあるベンチに、一冊のノートが置かれている。

端々が黄ばみ、折れ跡や裂け目、小さい傷がたくさんついている。表紙に書かれた文字も今より子供っぽくて、だいぶ前から使っていたことが分かる。何度も開いたせいか、実際の厚さより膨れ上がっていた。

大石先輩からおおよそのことは聞いた。二人でダブルスを組み、数々の大会で好成績を収めていたこと。あの写真は、そのうちのひとつだろう。

その頃、俺はまだテニスを知らない。今ほど何かに集中していることもなかったし、体も比べものにならないほど小さい。

でもその頃、先輩は既にテニスを始めている。しかも、所属していたクラブの中でもかなり上位にいたんだろう。今試合をしている相手と一緒に。

俺の知らないところで、あの人はどんどん先に進んでいた。始めた頃の年は同じかも知れないけど、昇る速さは全然違う。

今は、こうして何とか同じところにいるけれど、その差は変わらない。俺があの人を知るより先に、大きな段差ができていた。










その段差は今も俺に突きつけられている。

青学のベンチは異様な雰囲気に包まれている。コートの中の乾先輩が、突然らしくないプレイをし始めたからだ。

いつもの先輩は、相手のデータを徹底的に調べた上で、それを駆使して相手を追い詰めるようなプレイをする。例えデータが不完全であっても、試合中にそれを補うように、冷静に相手を観察する。俺には真似できないような試合展開が出来る。

あんな分厚いノートを用意していたんだから、当然今日もそんな試合になるんだと思っていた。実際、序盤は先輩がそれでリードしていた。

でも試合が進むにつれて、相手がそれを上回り始めた。長年集めたデータを、簡単に破られていたように見えた。

そこから先輩は変わった。いつもは上げない大声を出し、体が反応するに任せたような無鉄砲な動きが増えた。めちゃくちゃに走り、後先考えないような球を打った。

自分のプレイスタイルを捨てることがどれだけ試合を不安定にするか、先輩のような人なら特によく分かっているはずだ。ましてずっと追い続けてきた相手を前に、それがどれだけ無茶か。

立海大の方はさらに盛り上がった。やけくそになった乾先輩を、完全に敗者として捉えた。

ところが先輩は。リードされていた試合を振り出しに戻した。あの、見慣れない乾先輩は、今までのどの試合よりも手強く見えた。

そんな力を出すには、この相手でなければならない。俺の知らない時からずっと先輩と競い続けてきたこの相手でなければ、あの人にこんな力を出させられない。こんな、勝ちに執着する先輩を、引き出すことは出来ない。










前、これに似た状況を、何度か見たことがある。今年の6月期ランキング戦と、関東大会の1回戦。レギュラー復帰と全国出場がかかった大切な試合。誰であっても、勝ちに貪欲になる。俺もそうだし、先輩もだ。

でも俺にはそれだけで十分だけど、先輩にはそれだけじゃ足りない。だから俺は傍で一緒に試合をしていても、これほどの気迫を感じたことはない。

フェンスを挟んでいても、痛いほど感じる、殺意にも似た執念。

それは俺に埋められない差を見せつけるだけでしかない。

これを、この前ダブルスを組んだとき少しだけ見ることが出来た。ここまで強くはなかったけど、あの人が徐々にそれを高めていくのはわかった。俺は、まだ何に対してか理解できていなかったけど。

この、「少しだけ」見せられたものが、今目の前で見知らぬ相手にぶつけられている。俺が知る前に、乾先輩を知り、その中に一際強く残った人。その人も、先輩との決着を着けようと、さらに実力を現している。

その様を、俺はここから見ているだけだ。この埋められない、どうしようもない差を、ただじっと見ているだけだ。

例え、あの気迫を身に受けてみたいと思っても。今、俺にあれほどの力をあの人から引きずり出すことはできない。この距離を、埋めることは出来ない。

何とかして、あの乾先輩に勝ちたい。あの執念を、俺に見せて欲しい。

俺は、再びリードを奪われてベンチに戻ってきた先輩を睨みつけた。













「game」の続きでした。





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