game















乾先輩は、特に何も変化はないように見えた。

「おはよう、海堂」
「ッス」

試合会場に集合したとき、乾先輩は時間ぎりぎりにやってきた。別にいつものことだ。夜更かししてよく寝坊するから、遅刻の回数は菊丸先輩の次くらいに多い気がする。他の先輩にも挨拶をして、乾先輩は3年生達のところへ行った。

それから全部員が揃い、試合に出場するレギュラーは軽い準備運動をして、試合開始に備えた。

乾先輩は河村先輩と、俺は桃城と組んでストレッチをした。今日はこいつとダブルス2に出る。前に組んだときは準備体操の時から気が立ってケンカしてたが、今日ばかりはそんな気にもならねぇ。桃城も、無口だった。

関東大会決勝、相手は立海大附属。別にその名前にびびっちゃいねぇが、いつもとは気の入り方が違う。…この間の不動峰の試合を見せられれば、そうなるのも当然だ。

黙々と、ストレッチをしたり軽く打ち合いをしたりして、レギュラーは集中を高めている。桃城と軽く打ち合いながら、俺は横目でコートの脇を見た。体を動かすのをやめて、やけに古い、分厚いノートを見ている。

俺は、あれを見たことがある。










数日前、部活後の自主トレを終えて、俺は以前から約束していたとおり乾先輩の家に向かった。部活ではあまり見られなかった立海大附属との試合のビデオを見るためだ。

約束、とは言ったが、俺から取り付けた約束じゃない。乾先輩が薦めたからだ。あんまり強く薦めるもんだから、何故か断れなかった。

「お邪魔します」
「どうぞ。飲み物持ってくから、先部屋行ってて」
「はぁ…」
「気兼ねしないで良いよ。たいした部屋じゃない」

人の家にあまり行ったことがないから、少し緊張していた。それも、勝手に部屋に入るなんて。…その部屋が、まあ、その、けっこうぐちゃぐちゃしてて、余計な緊張はしなくてすんだが。

先輩の汚ぇ部屋に入って、とりあえず隅にカバンを置いた。それから床にでも座ろうと思ったが、なんかの機会の線とか、ノートとか雑誌がまんべんなく広がっていて、座る場所はなかった。勝手に椅子を使うのも悪い気がして、しばらく俺はぼぉっと立っていた。

ぼんやり部屋を見回して、部屋の汚さに少しイライラするようになると、やけに整然とした机に目がいった。雑然とした部屋の中で、その机の上だけが綺麗だった。

やけに古くて分厚いノートと、変な写真立てに入った写真。これしか机の上にない。ノートには立海のデータでも書いてあるんだろう。写真は、乾先輩らしき子供と、もう一人知らない奴が写っていた。誰だろうか。

「お待たせ。そのへん、適当に片づけて座っていいよ」
「あ、どうも…」

先輩にジュースを渡され、俺は机から目を離した。言われたとおり床に座り、ビデオを見始めた。ビデオを見ている先輩は静かで、でも怖いくらい真剣だった。










先輩はあの古いノートを睨んでいる。頭の中では今日の試合をイメージしているんだろう。いつもと変わらないような雰囲気なのに、目だけは、この前と同じように怖いくらい真っ直ぐにノートを見つめている。

ウォーミングアップの時間も終わり、試合を行うコートに向かう。移動の間、レギュラーは静かだった。少しピリピリしている空気。

いよいよ、試合が始まる。俺は少し前を歩く先輩の手元を見た。古いノートと、いつも使っているノートの2冊を持っている。

古いノートはだいぶ昔から使っているらしく、黄ばんだり黒ずんだりしている。中には糊で紙でも貼っているのか、実際の厚みよりも膨らんでいる。

そんなに、今日の相手は強いのか。何日も前から古いノートを用意しておくくらいに。そんなに、怖い顔をするくらいに。

そしてそれはまだ顔も知らない奴に向けられている。俺では、ない。

俺には倒したい奴がたくさんいる。手塚部長にだっていつかは勝ちたいし、越前の野郎にも負けたままでいる気はない。他の学校の奴らにだって、これから先、負けるつもりはない。

もちろん乾先輩、あんたにもだ。1回勝ったくらいじゃ、全然足りねぇんだ。

強くなりたい。あんたに、俺を見させるために。見続けさせるために。そんな、俺じゃない奴なんて見させない。

俺は顔を上げて、コートを見た。今日の試合が、もうすぐ始まる。













乾シングルス出場おめでとうそして頑張って勝ってね企画第一弾(長い)
柳は果たして乾の何なんでしょうねぇ。
柳はちゃんと「貞治」あるいは「サダ」と呼ぶんでしょうか。
でも実は「乾」と呼んでいるんだといいなぁ。乾ばっかり親しみ感じてるっぽくて!
(かわいそうな乾が大好きです)







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