休日














2月最後の日曜日、僕の目覚めはまあまあだった。カーテンの隙間から柔らかい日差しが顔を照らし、意識は徐々に覚醒していく。時計を見ると、まだ7時前。学校に通ってると、体が自然と同じ時間に起きるようになる。

でも今日は休みだから、僕は一度起こした体をまたベッドに沈めた。その途端、枕元の携帯が異様な音量で鳴り出した。…英二がイタズラしたのか?着メロがあややになってる。

一気に目覚めさせられた僕は渋々携帯を見た。メールが一通。背面ディスプレイには珍しい名前が表示されている。

「佐伯…?」

こんな朝っぱらから、一体何の用だろう。少し乱暴に携帯を開き、メールを読んだ。

『4年ぶりの誕生日、おめでとう。』

まだ覚えてたのか。まあ、僕も佐伯の誕生日にはメールしたから、それほど意外でもないけど。でも、やっぱり嬉しい、かな。

そうしてしばらく携帯を見てると、つい欲張ったことを考えてしまう。千葉にいる友達からもメールが来るんだから、東京の友達からは来ないのかなって。でもそんな都合良く行くわけない、と思い、僕はベッドを出た。着替えて、下に降りる。

「あら、お早う。早いのね」
「お早う」

朝から何だか手の込んだものを作っている母さんが、早速祝ってくれた。それから、朝早くに父さんから電話があったと言い、その伝言も伝えてくれた。父さんが単身赴任を初めてだいぶ経つけど、家族の誕生日の度に欠かさず電話とプレゼントを贈ってくれる。

また、少し嬉しい思いをした。でも、やっぱり僕は携帯を見てしまう。










先々週の月曜、高等部への進級が決まった。まあ、試験なんてちょっと勉強すればたいしたことはなかったし、合格だと言われても、ああそうですか、くらいの感想しかなかった。

ところが、僕と違って必死で勉強した英二は相当嬉しかったらしく、その週末、合格お祝いパーティーを開いた。試験勉強中遊べなかったから、みんなでわいわいやろうってわけ。夏の大会を一緒に勝ち進んだみんなで集まって、カラオケしたりして騒いだ。カラオケじゃ足りなくて、テニスまでした。久しぶりのテニスは、腕が筋肉痛気味になるまで続いた。

もちろん楽しかった。僕の誕生日パーティーも兼ねてるらしかったし、何よりあのメンバーで遊べたのがよかった。でも、僕にはちょっと物足りない。一人、いるべき人が足りなかったんだ。

タカさんは、高等部には進むけどテニスはもうやめるって言ってた。その分の時間を、板前の修業に充てるって。その決心がタカさんのお父さんには嬉しかったらしくて、タカさんが引退してからビシビシしごいてるみたいだ。タカさんは、それで来なかった。

もう、一緒にテニスをすることはないんだろうな。引退してからも、最初の頃しか部活に顔を出さなかった。

「…周助、何ボーッとしてるの?」
「…あ、姉さん。お早う」
「オハヨ。さっきから携帯鳴ってるんだけど、気付いてないみたいね」
「えっ」

いつの間にか隣に座っていた姉さんに言われ、僕は少し慌てて携帯を見た。本当だ。しかもメールじゃない。相手は英二だ、早く出ないと色々うるさそうだ。

「もしもし」
『遅いぞ、このやろー!ぼーっとしてんじゃねーぞ!?』
「ゴメンゴメン」

そこまでバレてたのか。英二は結構勘が鋭いからな、気をつけないと。そう思いつつ、お怒りの英二の話を、僕は半ば聞き流していた。

視線を前から隣に移すと、姉さんがいない。いつの間にか席を立っていて、キッチンの傍の電話を使っていた。携帯を使わないのは珍しい。そんなことをぼんやり考えてると、また英二が怒り出した。

『もぉーっ、お前人の話聞けよ!!』
「ああ、ごめん。まだ寝ぼけてるみたい」
『まったく…。とにかく、今からダッシュで目覚ましてこっち来いよ!』
「こっちって?」
『…なんっにも聞いてないな…。駅前にいるからさ、早く来いよ!』
「わかった」

英二の騒々しい電話がようやく終わった。姉さんの電話も終わったみたいだ。僕はこれ以上英二に怒られないために、急いで出かける用意を始めた。










バスに少し揺られて駅前の停留所に着くと、待ちきれなかったらしい英二と、何だか震えている乾がいた。

「ここで待ってたの?寒いでしょ」
「だから俺は駅ビル入ろうって言ったんだが…」
「不二が遅いからさぁ、じっとしてらんなくて」

結構長い間ここにいたんだろうか、乾は寒そうに鼻をすすっている。英二は対照的に、元気が有り余ってそうだ。

「とりあえず、ここじゃ寒いから。話なら駅に行ってからだよ、英二」
「そうだぞ、お前…」
「はぁーい」

一人走るように歩く英二の後ろを、僕と乾はゆっくりとついていった。
「はい不二、コレ」
駅ビルの中のファーストフード店に入った途端、英二は乾に飲み物を買いに行かせ、バッグから何かを取り出した。ラッピングされた正方形の箱と、手のひらサイズの手帳のようなもの。

「何、コレ」
僕は思ったことを聞いてみた。

「ん、プレゼントだよ」
「今日、誕生日だろう。3年のレギュラーから、ということで」
乾が買ってきた飲み物を受け取り、英二はなぜかそっぽを向いて渡してくれた。言葉少ない英二の代わりに、乾が説明をする。

「箱の方は、陶器の鉢だ。そっちは、アルバム。この前の写真も入れておいた」
「大事にしろよ〜!」

この前集まったときは僕もカメラを持っていったけど、貰った写真は全部違う人が撮ったものだった。英二のは自分がメインに写ってるのがほとんど、乾は妙に凝ったアングルだったりして、結構おもしろい。

「ありがとう。嬉しいよ」

僕がこう言うと、二人ともにっこり笑った。










そのまま結局昼ご飯も一緒に食べ、夕方近くまで遊んだ。勉強もしなくていいし、部活もないから、家に帰っても暇だしね。

ちょっと場所を変えようか、という話をし始めた途端、僕の携帯が鳴った。メールだ。二人に断ってから、携帯を開いた。姉さんからだ。

「どったの?」
英二がディスプレイを覗き込む。

『出来たらすぐ帰ってきて!』

「…だって」
「もう帰んのかよ〜!?カラオケでも行こうってゆったじゃん!」
「英二、今日何の日か忘れてないか?」
「…あ、そっか」
「そういうこと。それじゃ、また今度。今日はありがとう」

姉さんがこういうメールをするときは、たいてい何か企んでる時だ。それも、何か僕にとって嬉しいことを。早速それが楽しみになって、僕は英二達といい気分のまま別れることができた。

また少しバスに揺られて、今度は静かな住宅街で降りる。そこから少し歩いたところにある我が家は、いつもより明るい光がついてるような気がした。

玄関にはいると、母さんと姉さんの靴以外に、見慣れない靴が二つ。どちらも男物だ。姉さんの企みが少し見えてきて、僕は急いで靴を脱いだ。

「ただいま」

リビングに入って、僕は目を見開いた。いないはずの人が、でもとても会いたかった人が、そこにいた。予想はしてたはずなのに、やっぱり驚いた。

「…お帰り、兄貴」
「お帰り、不二。お邪魔してるよ」
「…裕太、タカさん。どうしたの」

二人を前にしてコートも脱げないで突っ立っていた僕に、キッチンから姉さんが楽しそうに教えてくれた。

「裕太の誕生日は平日だったからたいしたことできなかったし、今日二人いっぺんにやっちゃおうってことで呼んだの。河村君は、お寿司届けてくれたのよ」
「そしたら、親父が『不二君にはお世話になってんだから、お礼言って来い!』って言われてさ」

裕太は仏頂面して黙ってる。タカさんは人が良さそうな顔をして笑って、姉さんと母さんは食事の用意をしてくれてる。

朝はメールと電話、昼間は友達からのプレゼント。それに夜は、最高のお客が、誕生日を祝ってくれる。こんな豪華な誕生日、今まであったかな。










タカさんの家のお寿司は相変わらずおいしい。母さんの作ったパイシチューも、姉さんのケーキも、みんな残さず食べた。おなかは張るけど、苦しくない。満足感と幸福感でいっぱいだ。

みんなも食事を終え、それぞれゆっくりテレビを見たりしてくつろいでる。裕太は眠いのか、瞼が半分下りてる。僕も少し、眠くなってきた。部屋中が、なんとなくそんな雰囲気。

ところがタカさんは違ってた。辺りを伺うように見回して、落ち着きがない。それに僕が気付くと、余計慌てたようにキョロキョロした。

「あ、タカさんトイレ?案内するよ」
「あ、ゴメン不二…」
「いいって」

助け船を出したつもりでタカさんをリビングから連れ出したけど、的はずれだったみたいだ。トイレの前に着いても、タカさんはトイレには入らず、何か言いたそうに僕の前に立っている。

「どうかした?」
「…あ、あの、不二。実は、これ…」

見上げるほど高い背からは想像つかないほど小さい声で、タカさんはパーカーのポケットから小さい袋を取り出した。僕に差し出しているようなので、受け取る。タカさんの体温で少し温かくなっていた。

「これ…」
「…た、誕生日おめでとう、不二。それ、あまりいいものじゃないけど…」

今日は僕の願ったことは何でも実現するんだろうか。朝はあんなに物足りないと感じたのに、今はこんなにも満たされている。誕生日ってだけで、みんなには普通の日曜日なのに。

「…ありがとう、タカさん。開けていい?」
「あっ、や、その、できれば、俺が帰った後にでも…」
「わかったよ。あとのお楽しみに取っておく」
「ご、ごめんね」
「いいよ。タカさんから貰えただけで、十分だから」

これは本心。会えるだけでも嬉しいのに、プレゼントまでくれるんだから、十分すぎだよ。でもタカさんは、まだ僕を喜ばせてくれた。

「……次の」
「ん?」
「次の29日も、またこうして祝わせてくれよ」

僕の返事も待たずに、タカさんはトイレに入ってしまったけど





これは、4年後も僕の近くにいてくれる、ととっていいのかな。













Happy Birthday,SYUSUKE!!
2004.2.29






王子の時と比べると気合いの入り方が違うように見えますが、
どちらも本気でお祝いしてますので!!(必死)




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